ep47 脱出! 誰がために君は泣く
フェイの拘束されている部屋にシタンが入ってきた。シタンに怒りをぶつけるフェイ。だが拘束具は彼の神経の伝達を物理的に止めているため、彼は身動き一つ取れなかった。
シタンは、フェイを言葉で責め続けた。
「青臭い理想論など、現実の前では意味を成しません。事実、多くの人はそれを満足としているではないですか。与えられた居場所ならば、自分はそのリスクを背負わなくていい。たとえうまくいかなくても、その責任を転嫁できるんです。
人がなぜ個々人ではなく、集団、国家といったより大きなものに依存するのがわかりますか?人には寄る辺が必要なんですよ。自分が自分自身である為のね…。それが強固であればある程よしとされる。
ガゼルの法院はその寄る辺を与えてくれるのです。絶対的な管理者の下でならば、人は個人を保とうとするリスクを背負う必要はない。自分は『一個の人間だ』という幻想だけ持って生きていける。なんと楽な事じゃないですか。事実は事実。受け入れましょう。その方が気が楽です。抵抗したところで虚しいだけです。辛いだけです。
それでもまだ何かしようというんですか?あなたのその姿を見てごらんなさい…。
この期におよんでどうするというんです?身動きをとることすらままならない。共に戦い、あなたを必要としてくれていた友も守れない。あなたにとって大切なエリィさえも守れない。あなたにはどうすることも出来ないんだ…。」
「やめろ……やめて……くれ……」
やがてフェイが静かになった。それを確認したシタンは、ため息混じりに言った。
「これでゆっくり話が出来ますね……イド…」
カレルレンの私研究室。寝台に拘束されたエリィは、一人考え込んでいた。
そこへラムサスが入ってきた。彼は狂気に犯された目で、エリィにフェイの居場所を詰問した。
その答えが得られぬうちに、彼は目を爛々と光らせ「フェイめ…見ていろ…」そう言って部屋を出て行った。
フェイが拘束されていた部屋。拘束を解かれたフェイが目を覚ますと、シタンとバルトたちがいた。
シタンに殴りかかろうとするフェイを押しとどめ、バルトが事情を説明した。
バルトたちの体に刻まれたリミッター。それを外すため、シタンは現時点で唯一処置が可能なこの研究所に彼らを連れてきたかったのだという。さらにソラリスが何をしているのか、何をしようとしているのかをフェイたちは知るべきと考えたのだ。それ以外にもう一つ目的があったのだが、それは後々という事になった。
ともかく、彼らは行動を開始した。フェイたちはエリィを救出に、シタンは最後のゲートの破壊に向かった。
フェイたちが首尾よくエリィを連れ出した頃、シタンはゲート・ジェネレーターでジェシーと合流した。
彼らが爆薬を仕掛け終わる頃、ラムサスが彼らの下に現れた。
「貴様も…この俺を裏切るというのか…。」
彼はそう言った。シタンは返す。
「カール、私と貴方では立つ場所が違うだけです。裏切ったわけではありません。私はフェイ達といようと…そう決めたのです」
「フェイだと!き、貴様もフェイか!奴を…貴様も奴を…。許さん!許さんぞ!」
言動はあきらかにおかしくなりつつあるラムサス。ジェシーも異変を感じ取っていた。
「カール、敵同士とはいえ、小僧っ子1人に何故そこまで執着する!?昔のオメェはそんなじゃなかったぜ!」
「黙れっ!奴だけはこの手で…。その奴の下に行こうとする貴様等は敵だっ!”俺のもの”を奪う敵だっ!敵だっ!!敵だっ!!敵だっ!!」
「お、おい、行くぜ!何があったか知らねぇが、奴に構っている暇はねぇ!」
ラムサスの異常な言動に呆れたジェシーは、シタンを促してその場を去った。爆薬がジェネレーターに火をつけた。
「この裏切り者ぉっ!!」
火に巻かれながら、ラムサスは絶叫した。
ソラリスを脱出するため、フェイたちは格納庫に向かっていた。ハマーが連れてきたメディーナも、一行に同行している。エーリッヒは一足先に脱出手段を確保するために格納庫に向かった。
合流ポイントになっている格納庫前の陸橋。そこで合流した彼らは格納庫へ向かおうとした。
だが、エリィの悲鳴が彼らの足を止めた。ハマーがエリィを羽交い絞めにして銃を突きつけていた。
「エリィさんは戻ってもらうっす!カレルレンって人と約束したっすよ、エリィさんを連れて行けば"変えないで"くれるって……」
「ハマー!てめえ!」
突然の行動にリコが吼えた。
「俺っちだってホントはこんな事したくないっす。でも、俺っちは"普通"の人間なんっす!フェイの兄貴たちみたいに"特別"じゃないんす!こうするしかないんすよ!」
泣き顔でそうまくし立てるハマーに、メディーナが歩み寄った。
「動いちゃダメっす!止まるっすよ!」
「止まりません。わが子の危機ですもの。私はごく"普通"の母親ですから。"普通"だからこそ、守らなければならないものがあるんです。さ、エリィ、ゆっくりとこっちにいらっしゃい」
「ダメっす!行っちゃあダメっす……行っちゃ……ダメっすよぉ……」
彼の銃が火を噴いた。メディーナがゆっくりと倒れていく。ハマーが悲鳴を上げて逃げ出した。
エリィは、物言わぬ母をかき抱いき、泣いた。
その時、彼らの下にグラーフが現れた。その傍には、キスレブに現れた覆面の女がいた。
「その女は置いていってもらうぞ」
そう言ってにじり寄ってくるグラーフ。しかし、そこへエーリッヒがギアに乗って現れた。
エリィたちの盾になろうとするエーリッヒ。だが、覆面の女のエーテルが彼のギアに強大な圧力を掛けた。
「エリィ、自分の信じた道を行け!お前はなんと言おうと、私とメディーナの間に生まれた子だ」
彼のギアが圧壊した。目の前で両親を殺された怒りで、エリィのエーテルが噴出する。
だがその力も覆面の女のエーテルに押し戻されてしまう。強大なエーテル波がエリィたちを襲う。
その中でフェイだけがエーテルを物ともせずにいた。しかし彼はそれまでのフェイではなかった。
髪が見る間に赤く染まり、彼はあの赤い長髪の男、イドに変異した。
その頃、ユグドラシルでも異変が起こっていた。ヴェルトールが独りでに起動したのだ。突如動き出したヴェルトールは、その外装をパージ。変形させ赤く染まって行った。それはまさしくアヴェの砂漠でユグドラシルを沈めた、あの真紅のギアだった。真の姿を現したヴェルトールはユグドラシルの隔壁を突き破って飛び出し、瞬く間にソラリスのイドの下へ到達した。
ソラリスの首都、エテメンアンキがたった一機のギアによって破壊され、墜とされる。
その光景を、シタンたちはユグドラシルから見ていた。爆発に巻き込まれまいと全速離脱するユグドラシルに、ヴェルトールが迫ってきた。バルトたちが混乱する中、エリィは一人ヴィエルジェで迎撃に出た。
「フフ……お前か。殺されにきたのか?」
「それで貴方の気が済むならそうすればいい」
ヴェルトールの拳がヴィエルジェの腹部を貫いた。エリィはその手を握り締め、叫んだ。
「お願い! 元のフェイに戻って!」
イドとエリィ、二人のエーテルがぶつかり合い、凄まじい波動が放たれた。
「チッ……こいつ…… う…う……エ…リ…… クソッ……ヤツが目覚めた……」
カイン「アーネンエルベ……なせるというのか?」
シタン「もはや管理者は不要だと結論します」
カイン「接触者……仇とならぬと?」
シタン「陛下の仰るとおり、フェイがそうであるならば」
カイン「……ならば託そう……」
シェバト。女王の間に集まったエリィたちに、シタンが事情を説明していた。
「"アーネンエルベ"……。この星に生まれた人々と共に新たな地平へと進む神の人。それは"接触者"の運命。天帝はフェイをそう呼んでいました。理由までは教えてもらえませんでしたが」
ヤツは一体何者なんだ?、とバルトが問う。
「彼はフェイです。そしてイドでもある。エルルを破壊し、ユグドラシルを沈め、リコの部下を……。彼は多重人格なのです。私が彼の監視を始めて三年、イドの発露は見られませんでした。しかし、ラハンの事件をきっかけに、その後徐々に発露の回数と時間が多くなっていった。恐らくグラーフの影響でしょう。ラハンに来る前、彼はグラーフと共に暗殺者として行動を共にしていました。私は、イドが正体を知るため、先だってフェイが拘束された時、イドと話をしました」
「実に無力だ、貴方は。どうする事も出来ないんだ」
フェイが意識を失い、イドが現出する。
「よく分かってるじゃないか。さすがはシタン……いや、先生と呼んでいたか」
「会いたかったですよイド。ところで、フェイは今どうしています?」
「"お前達の知っているフェイ"は、俺が出ている間は寝ているよ。だから俺の事は何も知らない。ヤツは俺の支配下にあるからな。俺の記憶を見ることは出来ない。元々ヤツは存在しないフェイ。父親のカーンによって作り出された人格さ。三年前、カーンは俺の人格を深層意識に封印した。その時にできたのがヤツだ。臆病者の部屋の間借り人さ」
「臆病者とは?」
「本来のフェイ。出来損ないさ。現実から逃げ出し、生きる事を拒絶した情けない奴。虫唾が走るぜ」
「なぜ貴方の心は分かれてしまったんですか?」
「思い出話でもしろってのか? 勘違いするな。俺はお前に質問の機会など与えてない。俺がその気になれば、こんな拘束なぞいつでもぶちやぶれるぞ」
「しかし出来ないでしょう。貴方はフェイを完全には制御できていない。もしエネルギーを使えば精神的に疲労し、フェイにステージを奪われてしまう。違いますか?」
「……よく解ってるじゃないか。確かに俺は……むっ……」
「どうしました?」
「貴様に無理やり出されたからヤツが目覚めた。本来なら俺は自分でステージに立てるんだ。だが、あの女、エリィのせいでそれが果たせない。あの女は……みんな同じだ……だから消してやる…」
「現在のフェイの人格は、イドと言う基礎人格の上に3年前に創られた、下層の模擬人格。だから、彼にはそれ以前の記憶が無かったんです。さらに、現実の生活を3年しか経験していない彼は未発達で、そのため突発的な出来事に対処しきれなくなる」
「フェイはいつかイドに飲み込まれちまうのか?」
「どうでしょうか。イドが臆病者と呼ぶ、本来のフェイの人格がネックになると思います。イドはその人格を軽蔑しつつ、明らかに恐れていた。イドの表出はフェイではなく、臆病者によって抑制されているのではないかと。なぜ臆病者が表出しないのか原因はわかりませんが、これが目覚めれば、分離した人格が元に戻る可能性も出るのではと、私は確信したのです。どうすれば目覚めるのか、それは解りません。ですが、基本的にフェイの存在が虚ろになるような事がなければ、フェイはフェイでいられる訳です。平穏な場所で暮らせるのが一番ですが、状況がそれを許さないでしょうね……」
その後、シェバトではフェイの処遇を決める会議が開かれた。シェバトの議会は、フェイの力を恐れた。
彼の力が500年前ディアボロスを率いて世界を崩壊させたグラーフの力と酷似していたからだ。
決議は下された。カーボナイト凍結。人を生きたまま石にする、シェバトの極刑だった。
その夜、エリィは投獄されたフェイに会いに行った。
「俺はかつて世界を壊滅させたグラーフの再来だそうだ。グラーフも元はラカンと言う地上人だって」
「そんなのでまかせよ! ……逃げよう? グラーフや戦いがイドを呼ぶなら、静かな所へ……」
「ダメだ。戦場から離れたとしても、イドが出ない保証はない。それに……俺はエリィを殺そうと…」
「イドと戦った私が生きてるのは、多分、どこかでフェイの意識が働いて、すんでのところで外してくれたからだと思うの。……もし、あなたがイドに支配されて、世界中が敵になっても、私だけは、あなたの傍にいてあげる……。だって…だって…… "一人じゃ寂しいものね"」
二人が格納庫に向かうと、シタンたちが待っていた。彼らは、二人の脱出を助けに来たのだ。ヴィエルジェが修理中の為、シェバトのギア・バーラーを拝借しようと言うフェイだったが、エリィは激しく拒んだ。結局、二人はヴェルトールに相乗りする事になった。
朝陽を浴びて飛ぶヴェルトールに、ラムサスのギアが襲い掛かった。カレルレンにより与えられたギア・バーラーだった。エリィの奪還。それがラムサスの目的のはずだった。しかし、バーラーの凄まじい力に陶酔した彼は、エリィごとヴェルトールを撃墜してしまった。
ヴェルトールの墜ちた森。重傷を負ったエリィを抱えて歩くフェイを、グラーフは静かに見ていた。