ep56 堕ちた星 めざめよと呼ぶ声あり
ゾハルの眠る地下空洞で彼らが見たのは、ゾハルの影響を受けて異形と化したヴェルトールだった。
襲い掛かってくるヴェルトールに突如現れたワイズマンのギアが応戦した。
「ふん。また貴様か。いちいち邪魔をする。だが、貴様に俺を止めることは出来ん。自らの妻も、息子も守れなかった貴様にはな!息子に会わせる顔がないからそんな面を被っていたのだろう?カーン!
残念だったな。貴様によって生み出された新しい人格のフェイ…。それによって、俺達を完全な一個の人格とすべく度々導いていたようだが、それも徒労に終わる。あいつはもうじき俺にのみ込まれる。」
「そうはさせん!その前にお前を消滅させる!」
「ふぬけの貴様に出来るものかっ!貴様がふがいない所為で母は死に!奴は思い出の中に逃げ込んだ!俺は全ての嫌なものを背負わされ存在し続けた!それが貴様に解るか!」
「私はただ導いていたわけではないっ!私やお前の感じた想い、悲しみ、憎しみ……そういったものを経験しても、フェイは自らを築きあげようとしていた。今のフェイにならば、お前の想いが理解できるはずだ。その理解者を、フェイをも消滅させ、お前は何を望むっ!」
「今更何を尋く!!俺の目的は“奴”と同じ滅尽滅相!ただひとつ!!」
「それ程憎いかこの世界が…。お前の中には憎しみしか存在しないというのか!」
「それを創り出したのは貴様とあの女だっ!!白々しいぞっ!!」
「……くっ…。聴こえるか?フェイ!私が打ち込む想いの拳、受け取めてくれっ!そして一つとなれっ!」
「ここは…?」
フェイは夢を見ていた。そこには何故かイドがいた。
「…余計な事を。自分のためだけに呼び込んだか……。ここは基礎人格の殻の内部、“臆病者”の部屋さ。お前も何度か来ているはずだ。」
フェイとイドの他に『もう1人』フェイがいた。彼は塞ぎ込んでいた。その“臆病者”を指して、イドは語る。
「そいつが嫌なもの、望まぬものすべてを俺に押しつけて、自分の殻に閉じこもった“臆病者”『フェイ』。俺達の基となった人格だ。」
しばらくすると“臆病者”は顔を上げ、2人に話しかけた。
「君は誰?…そうか。君は僕の……
ねぇ、君も一緒に観ようよ。僕の大切な、宝物なんだ……」
そう言いながら“臆病者”は母親と楽しそうに過ごしているイメージを2人に見せ始めた。
「ふん、そうやって何度も何度も幸せに満ちあふれた時を再生し、その中で生きているんだ。そいつは。そしてこの俺が生きることが出来るのは、その残りカスの中だけさ。
お前にも見せてやるよ……俺の“全て”を。」
最初は幸せな家庭だった。しかしある日突然母カレンがミァンとして覚醒した。それは単なる偶然であったかもしれない。フェイにとっては不幸な偶然。息子が接触者だと気づいたミァンは少年を研究施設に連れ込み、様々な実験をした。そのことを父に訴えても仕事に忙しい父は取り合わなかった。
やがてフェイは実験の苦痛に耐えるため新たな人格イドを生み出して苦痛を肩代わりさせ、フェイ自身は幸せだった頃の思い出に閉じこもった。
そして運命の日。家族の下にグラーフが現れた。それはミァンが呼んだものだった。彼女は完全なる神の復活の為、過去に分かたれた接触者の肉体と精神との合一を望んでいたのだ。
グラーフに触発されたフェイの力は暴走した。その力の奔流は制御できぬままカレンを貫いた。
フェイはその事をもイドに押し付け、イドは母殺しの十字架まで背負わなければならなくなったのだ。
「そいつは、いやなものすべてを俺に押し付け、そして母の愛、幸福に満ちた思い出だけ独り占めにした。そしてそれら思い出と共に永遠に自分の殻の中に閉じこもったんだ。その場所がここさ。俺達の目の前にあるこの光景は、そいつが作り出したものだ。思い出にしがみついているだけだ。」
2人の前に、フェイが母親と楽しそうに過ごしているイメージが何度も繰り返し映し出される。
「やめろ!もうやめてくれっ!これが、こんな光景が俺達の全てなのか?あんまりだっ!ここには何もない!こんな偽りと苦痛だらけの世界が…」
「仕方ないさ。これが俺達の世界<すべて>なんだから……。」
イドが現実に目を向けた。対峙しているカーンとイド。
「私が愚かだった。全ては私の責任だ。シェバトからの責務に忙殺され、カレンの変化に気付かなかった。助けを求めていたお前を救うことが出来なかった。」
「救うだと!?今さら何を!もはや何も変えられはしない。貴様に出来ることは、この俺によって葬り去られることだけだっ!」
「そ……それでも、私は……お前を、救ってみせる。」
それを外側から見ているフェイにはどうしようもできなかった。
「親父っ!!止めろっ! イド!親父には何の罪もない!」
「知ってるよ。本当に悪いのは臆病者のこいつだ。母も父もキッカケに過ぎない。」
語る2人に、臆病者がイメージを返してくれ、母さんと遊ぶんだと声を掛けてきた。殻に閉じ篭ろうとする臆病者にフェイは言った。
「こんなものは……現実じゃない!!嘘だ!偽りだ!まやかしだ!!みんな、みんな、みんな……」
すると臆病者は途端に声を荒げ始めた。
「いやだっ!出てって!ここは僕の部屋なんだっ!君なら僕と一緒にいつまでも居てくれると思ったのに!」
「何故現実を見ようとしないんだ!楽しかったことも、辛かったことも、それは全部合わせて一つのものじゃないか!何故見せてやらないっ!?君がいつも見ているものをイドにも!」
「いやだっ!あれは僕のものだっ!母さんを殺したやつなんかに見せるのはいやだっ!」
まだイドに責任を押し付けようとする臆病者。イドの心は冷め切っていた。
「よくいうぜ。殺したのはお前じゃないか?」
「違うっ!僕は殺してないっ!母さんを殺したのはお前だっ!僕は母さんを殺してなんかないっ!母さんが振り向いてくれなかったから、父さんが気付いてくれなかったから、だからお前は母さんを…。だから僕は殺してなんかないっ!殺してなんかないっ!殺して……」
臆病者は話を聞こうとすらしなかった。フェイはそんな臆病者を諭すように言った。
「いいかげんにするんだっ!!
…母さんを殺してしまったのは“俺達”だよ。誰のせいでもない。母さんがミァンになったからでも、父さんが気付いてくれなかったからでもない。
原因を外に求めてはだめだよ。責任を自分以外に押しつけちゃだめだ。たしかに母さんはミァンだったかも知れない。君が体験した日々が辛かったこともわかる。誰だって耐えられないよ。
だけど、だからってそれをイド一人に押しつけてはだめだ!俺達はみんなで一人なんだ。俺達は一つにならなきゃいけないんだ。そうだろう?
…さあ、自分の足で歩くんだ。見たくない現実に目を向けるんだ。イドに見せてあげるんだ。君が独り占めにしてしまったものを…」
そこに映し出されたの真実の記憶。
最後の瞬間、力の奔流はカレンではなくフェイ自身に向かっていた。呆然とするフェイの前にミァンの呪縛から解放されたカレンが飛び出し、身を挺してフェイを守っていた。
「嘘だっ!あの女が!この光景は、そいつが創り出した幻想だっ!俺は、俺の存在意義は、こんなだましを見せられたって揺らがないぞっ!
俺は……!俺は……!」
目の前に映し出される真実を受け入れられないイド。
「イド……もうやめよう。俺達がこんなことをしていたって何の解決もないんだ。母さんは最後に俺達を救ってくれた。それは事実だ。そうだろう?辛い現実ばかりじゃないんだよ、イド……。」
「俺の……俺の力は誰も救えなかった。ただ、破壊するだけだった。人との一体感は、それを壊すことによってしか得られないと思っていた。
だから全てを壊すしかなかった……。人も、世界も……エリィも……。」
「でも、そうじゃない。ミァンであった母さんが俺達を救ってくれたのと同じに救えるんだよ。俺達の力は…。人を、そして……エリィを。」
「…初めてだよ。母親とはこんなにもあたたかなものだったなんて……
俺には……あたたかすぎる……。
フェイ。俺の持っている記憶を渡そう。そうして知るんだ。今までの生き様を。俺達が何者なのかを。そして何を成すべきかを。まだ俺達の本当の統合は済んでいないんだ。」
真実を知ったイドは全てを受け入れ、記憶をフェイに託して同化した。それは全ての接触者の記憶。
原初の時代、現人神と祀られた天帝に反旗を翻し、逃亡するエリィと最初の接触者アベル。アベルを身を挺して守り、エリィは命を落とした。
ゼボイム時代。エメラダの研究をする接触者キムとその恋人のエリィ。エメラダを軍事利用しようとする軍隊の侵入を身を挺して阻止し、エリィは命を落とした。
500年前のラカンとエリィ。仲間を助けるために特攻し、エリィは命を落とした。
それぞれの時代、それぞれのエリィが残した最期の言葉。それは『生きて……』。
気がつくと、フェイは暗い空間にいた。彼の前には光の姿を取った「何か」があった。それは、フェイに語りかけてきた。
『私は……私はゾハルに宿るもの。最先にして最後のもの。始めにして終りのもの。』
「……神?」
『神……そうとらえる者もいる。たしかにそれはある見方では正しい。だがそうでないともいえる。私は……君自身でもあるのだ。
人の観測行為によって私は定義づけられる。今君に向かって話し掛けている私は、“君が知覚する為に、君によって擬似的に創られた私”なのだ。』
「なんのことだかわからないよ。一体あんたは何者なんだ?」
『一言でいうならば……そう、存在だ。私は本来、肉体というものを持たない高次元の“存在”。それは君達には知覚することが出来ない、ある種、波のように振る舞うもので満たされた世界。空間と時間の支配する、この四次元宇宙の源となった場所。無のゆらぎ……波動存在。』
「その存在が、何故俺に……?」
『古の昔、事象変移機関という半永久無限エネルギー機関が創造された。機関は『ゾハル』と名付けられた。それは太古の異星の人々が、この四次元宇宙で考えられる最高のエネルギーを得ようとして創造した機関だった。
やがて人はその機関を利用した究極の星間戦争用戦略兵器『デウス』をも創造し、ゾハルはその主動力炉として使用される事となった。
しかし予期せぬ事態が起こった。完成したデウスとゾハルとの連結実験の最中、無限の可能性事象……エネルギーを求めた機関は、本来別のものである、この次元と高次元空間とを結び付け、結果、そこに存在していた高次元の波……私と結合<シンクロ>した。
私は、機関の作り出した高次元との接点……、『セフィロートの道』、現在君がいるこの領域を降<とお>って四次元世界に具現化した。四次元世界へと“降臨”した私は、物質として四次元世界に安定することと引き替えに事象変移機関……つまり『ゾハル』という“肉体のおり”に束縛されてしまったのだ。
ゾハルに束縛された私は、もとの次元に還ることを望み、……そして結論した。経てきた過程の逆、私に『意志』というこの次元の特質を持たせた者の手による解放を……。それが君だ。』
「俺が決めた?特質を??」
『そう。私は接触者である君の観測行為によって人の特質……母の意志を持ったのだ。覚えているはずだ。私の降臨直後の事象変移機関、『ゾハル』と君は接触している。
接触者である幼い君の中の母親への回帰願望によって定義づけられた私は、母親としての意志を備えた。それがエレハイムだ。』
「エリィが俺によって?」
『そうだ。私の意志はデウスの要であった生体コンピューターを介して具現化した。私と結合した生体コンピューターは、その機能を進化させ、そのバイオプラントによって一つの中枢素子を生成した。それが彼女なのだ。
君との接触によって私は分かたれた。ゾハルという肉体、エレハイムという意志。そして君の中に流れ込んだ力。故に私は君との融合を待った。
そして今、それが成就された。残された私の願いは分かたれたもう一つの私の肉体『デウス』とそれと共にあるエレハイムと融合し、完全体となり、その“肉体のおりを壊す”だけだ。私がもとの次元に還る方法は、肉体の破壊以外にない。
四次元世界で完全無欠なるゾハルを消滅させるには、私の特質を決めた君の力が必要なのだ。ゾハルは“接触者”の手によってしか破壊出来ない。』
「エリィは?ゾハルを破壊したらエリィはどうなるんだ!?」
『ゾハルとデウスのシステムは一体。彼女はシステムと、私との合一を望む者の意志によって縛られている。彼女を解放するためにはデウスの兵器としてのシステムそのものを破壊しなくてはならない。だが兵器として創られたデウスのシステムは、私とは違った目的で君達との合一を求めるだろう。
解放は、本来ならば高次への回帰を望む私が行うべきこと。しかし彼女同様、私もシステムに
縛られている。関与することは出来ない。それに彼女を呪縛から解放出来る者は君以外にはいない。私とデウスが不可分であるのと同じに、君と彼女もまた不可分なんだよ。』
「……わかったよ。俺はデウスを、ゾハルを破壊する。そして、エリィを救い出す。」
『君は数々のそう失を体験した。それは悲劇だった。君の人格が分かれてしまったことも、そもそもは私との接触による意志と力の転移が原因だったのかもしれない。』
「それは違うよ。原因を外に求めちゃダメなんだ。過去に何かがあって、その蓄積が遠因となっていたとしても、それは……全ては俺自身の問題なんだ……」
『そうか……。それら悲劇を受け入れ、全てを許容、包含し、自らの立つべき場所を見つけることが出来た君ならば、きっと出来るはずだ。
全ての解放を……ゼノ……ギアス……を使って…ゾハル……を破壊……のだ……』
フェイの決意を見届けた『存在』は無限の力を持つギア、ゼノギアスを彼に託し、消えていった。
現実の世界に戻ったフェイ。目の前にはカーンのギアがあった。
「父さん!大丈夫か?父さん!すまない……俺のせいで、こんな…」
「フェイ……?そうか、元に戻れたのだな……一つになれたのだな……」
「ああ、みんなのおかげだ。父さんやみんなが呼んでくれなければ俺は……」
声を掛けるも、カーンは苦悶の声を上げた。
「父さん!」
「気にするな……これで良かったのだ……こ……れで、後は……私は……お前と……
お前と一体になるだけだぁーっ!!」
突如、カーンの姿がグラーフへと変貌した。
「ぐぁっ!ぐ、グラーフ!?なんで……」
「ふふふ……“私”は三年前のあの日、憑依した肉体に限界が来ていた……。
“私”は、お前が真の覚醒を果たすまでの間の憑代としての肉体、お前の父親の身体を得たのだ。覚醒、統合し、連なる記憶を得たといっても、私とカーンの融合前に、その時点での記憶を奪われたお前が知るよしもなかったろう。」
「そ、んな……。それじゃあワイズマンは、父さんは……」
「無論私の一部だが、私とてカーンの全てを掌握出来た訳ではなかったのだ。カーンの自我の力は思いの外強く、私の束縛が弱まった時に表出、ワイズマンの姿をとって、お前を導いていたのだ。
お前は覚醒を果たした。この肉体ももはや不要。後は本来の肉体に戻るだけだ。」
「や、やめてくれ……父さん……」
「ああ、聴こえているぞ、フェイ。表裏一体。私はカーンであり、カーンは私なのだからな。さあ、心を開いて私と一つとなれ。そして全てを消し去ろう。」
「い、やだ……俺は……あんたに……操られる訳には、いかないんだぁーっ!」
「ふん。主を護るか。よかろう。その機体ごと融合してくれる!さあ、拳を交えようぞ、フェイ!」
「無理だ!たしかにあんたはラカン、俺の分身かもしれない。だけど、それでも俺の父さんであることに変わりはないんだっ!そんなあんたと本気で戦える訳ないじゃないかっ!」
「あまいわ!そのあまさがソフィアを、母<カレン>を殺したと何故わからぬ!」
「わかっている!そんなことはわかっている!だから俺は誓った。もう逃げないと。必ずエリィを助け出すと。だから邪魔をしないでくれっ!目を醒ましてくれっ父さん<ラカン>っ!」
「ならば戦え!戦って……」
「出来ないっ!」
「そうか、ならば仕方あるまい。お前がふがいないのでな。奴等をえさにする。」
グラーフはシタン達の方を見て言った。
「やめろ!俺達の想いは、あの時感じた悲しみは同じはずだ。なのに、なぜ、なぜあんたは全てを滅ぼそうとするんだっ!デウスを止めれば終わることじゃないかっ!」
「お前は存在と接触してもなお理解できぬのか?私は、存在との接触で知った。たとえデウスを破壊したところで、人がこの地に息づくうちは何度でもミァン……エレハイムは生まれてくる。ならば人を、生けるもの全てをデウスと共に葬り去る。それこそが繰り返される造られた生命、歴史の悲劇、運命の呪縛から人が、我等が解放される唯一の道なのだ!
デウスを兵器として覚醒させ、全ての生物を根絶した後、覚醒したお前とその機体を使い、全てを無に還す……。そう私は結論した。ミァンもエレハイムも、単なるデウスの代弁者ではない!あの女が本体なのだ。何故それが解らぬ!」
「それは違う!母さんはあの時、俺をかばって死んだんだ!あの時の母さんの目はミァンのものなんかじゃないっ!最期のあの一瞬、ミァンは母さんに戻ったんだ!ミァンも、母さんも……エリィも、この惑星で生まれた人間!デウスなんて関係ないっ!俺は、俺は必ずエリィを連れ戻して見せるっ!
父さん……いや、グラーフ<ラカン>!あなたが退かないつもりなら……」
「愚問!」
「ならばっ!」
「「今こそ我ら、真に一つとなる時!」」
互いに死力を振り絞った一騎討ちを演じ、ゼノギアスの力とこれまで培ったフェイの力によってグラーフが駆る真ヴェルトールは撃破された。しかしフェイは止めを刺そうとはしなかった。
「何故、とどめを刺さぬ。“私”を消し去らねば、お前の望みはかなえられんぞ。」
「もういいんだ……父さん。知ってるよ。あんたはグラーフなんかじゃない。俺の父さんだ。父さんとグラーフは一つ、その意志も目的もなんら変わりはない。それが戦っていてわかったんだ。
もう止めよう。俺達の目的は一緒のはず。それは一つになったのと同じ事。戦うことなんてないんだ。」
そう言い終わった刹那、フェイの身体に異変が生じた。
「ぐあっ!な、なんだ……!?身体が……!」
「求めているのだ。ゾハルが。デウスのシステムが最後の欠片との融合を。原初に分離したお前との合一を。」
そういうとカーンはフェイの身代わりにその場に立ちはだかった。
「な、何を……!」
「これはラカンの望んだことなのだよ。しょせん私は不完全な存在。こうなることは必然だったのだ。
過去、波動存在との不完全な第二次接触はラカンの人格を二つに分けてしまった。やがてその肉体は滅び、接触者としての運命を持ったまま、本来のラカンは今のお前に転生した。
だが残された人格、その念だけは、人に憑依することによって生き長らえた。それがグラーフ、……私なのだ。
しかし、私はラカンの意志こそ受け継いではいるが、“接触者ラカン”そのものではない。私では駄目なのだよ。真の統合と解放はあり得ない。だが、肉体は違えど、私は分かれたお前の半身であるのもまた事実。こんな不完全な私でも、一時的にゾハルと融合し、時間を稼ぐことぐらいは出来る。こうすることでしか私はお前と一つになれないのだよ。
私に出来ることはここまでだ。いずれデウスのシステムは再びお前を求める。それまでの間に完全体となったデウスと、ゾハルを破壊するのだ。神の肉体を包む壁を破壊できるのは、その一部であるお前自身。
…お前の言うとおり、あれはカレンだったよ。ミァンは代を重ねたことによって、その束縛から解放されつつある。今のエレハイムは、デウスと融合したことによって全ての記憶を持っている。接触者の対として生まれた原初からの転生の記憶以外にも、全てのミァンとその代替者達の記憶を。
そう、お前の母の記憶も……。
いいか、フェイ。全ての呪縛を断ち切るのだ……今のお前にならば、それが出来るはずだ。彼女達を救ってやってくれ。
頼んだぞ、フェイ……」
消滅の寸前にフェイから「グラーフ」でも「ラカン」でもなく「父さん」と呼ばれ、息子に全てを託して「フェイの父」として、カーンは死んでいった。